JSCF NPO法人 日本せきずい基金

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トークセッション

21世紀に望む・・医療と福祉
――呼吸器使用者、重度障害者からの報告と討論――

コーディネーター
浜松医科大学医学部臨床看護学教授 松井和子


松井 こんにちわ。皆さんよくいらしてくださいました。今日は、川口先生のご講演に続いて 「21世紀に望む・・医療と福祉」 について、1時間半の予定で、トークセッションを開かせていただきます。おそらく初めてだと思いますが、呼吸器を使った方が二人、壇上に控えていらっしゃいます。 先ほど皆さん、クリストファー・リーブのメッセージ、ご覧になっていました。彼の損傷部位は頸椎 1 番、2番です。しっかりした発声ですね。皆さん十分聞き取れましたね。ちょっと日本語が入って聞きづらい点はありましたけれども非常にクリアーな声で話しておりました。

  私、脊髄損傷、頸髄損傷の方たちと一緒に生活問題に取り組みまして、二十数年になります。この間、非常に大きな変化を身に染みて感じております。今日、フロアーに来てくださっている方の中にも、非常に重傷な方、公的介護保険でいう 「過酷な介護」 を必要とする 「要介護 5 」に当たるような方、そういう方が東京で一人暮らしが可能になってきた、 少し前まではとても考えられないような大きな変化、前進がみえてきました。これは全脊連、頸髄損傷連絡会とか、皆さんの、当事者の運動によって切り開いてきた成果です。

  その中で、日本の脊髄損傷の医療で、国際的に著しく取り残されている分野があります。それがいわゆる頚椎 3 レベル以上の脊髄損傷、呼吸筋麻痺の人々に対する医療福祉です。人工呼吸器の助けを借りないと呼吸ができない、そういう人たちの状態です。

  なぜ遅れているか。それは当事者の方にこれからお話ししていただきます。最初に呼吸器使用のお二人にお話しをしていただきます。それから自力で呼吸のできる方 3人に、お話しをしていただきます。そのあとフロアーの方々からも、ぜひ発言をお願いするという形で進めさせていただきたいと思います。



人工呼吸器の使用で生活上困ること

広島から参加の古跡さん

松井 それでは最初に古跡さんをご紹介します。一番左にいらっしゃる方。先ほど奥様が川口先生にご質問をされていました。古跡さんは広島県の三原市からご家族 7 人、家族旅行を兼ねていらしたそうです。

  奥様の話によると、外傷ではなくて、 腫瘍で、治療の副作用で頸髄3番レベルが麻痺して、 人工呼吸器を使って生活するようになったそうです。日本で人工呼吸器を使って背広姿で町なかのいろいろな行事に参加しているのは、おそらく古跡さんくらいではないかと思いますが、非常に積極的に行動されています。発病前、東京には 3 回ほどいらしているそうですが、呼吸器を使うようになって上京されたのは、今回初めてだそうです。 途中、 呼吸器がはずれたらどうしようか、 啖が詰まったらどうしようかとか、そういう不安を古跡さん、いつも抱えているそうですが、 やはり外に出て皆さんと一緒に活動をしていきたいと強い意志をご本人が持たれているようです。今回もご本人がぜひとも参加したいと、ご家族は全員で反対され、たいへん困ったそうですが、 ご本人の強い意志で今日お話をうかがわせていただくことができます。

  古跡さんは先ほどのリーブの発声とはちょっと違います。スピーキングバルブという発声装置を使われています。 うまく声が出てくれるといいんですが、 もしうまく出ない場合には奥様が代わりにお話しなさいます。では、お願いいたします。

古跡 皆さんこんにちは。古跡と言います。今日はなかなか美声が出ております。本当にでしゃばりな人間で、じっとしているのが嫌なもんですから、来てしまいました。家族子供には本当、いつもお世話になっているんですけど、「ありがとう」 というよりも、「すまん、ごめんなさい」 が先にきて、「ありがとう」 は今だから言えるんです。何をしゃべればいいのでしょうか、先生。

松井 今、古跡さんが抱えている問題、あるいは皆さんにこういうことを知って欲しいと、呼吸器を使っての生活は、こういうことが不自由だ、不安だということをお話しください。

古跡 ああ、そうですね。常にひとりではいられないというのが一番問題なんです。だれかが側にいてくれないと……、 そういう不安があります。入院中にもあったんですけど、思いがけないときにポンとこう、はずれてしまうんですよね。今まで通りがかった人とかに、 運よく助けられてきたんですけど、まあ、そういう点が一番気をつけなくてはいけない点。でも元気な人でも、ぼくらのように障害が表に出ているか、心の中にあるかの違いだと思うんです。自分の存在感を出すためにも、また確認してもらうためにもどんどん外に出てみようと、ずぅっと思ってきました。妻もどうしても、言いたいことがあるというのでどうぞ。

古跡(奥様) ちょっと補足させていただきます。今日かなり彼もあがっているようで、こんなおどけたしゃべりかたをする人間ではございませんので、ここではっきり申し上げておきます。真面目な青年でございます。「青年」は過ぎましたが。 (笑)

  5年間ほど病院で入院生活を送りまして、在宅生活を考えました。5年目に、まず一番問題になったのが、呼吸器をどうやって持って帰るか。車 1 台分ほどの値段のする呼吸器を、自分で買って持って帰らなければいけないのだろうか。それとも病院がただで貸してくれるだろうか。それとも国が補助してくれるだろうか。そういう情報がまったくありませんでした。 だれに相談したらいいのかわかりませんでした。

  とりあえず市役所に行ってみよう。福祉課に行って相談してみましたが、ただ説明書のようなものを渡されただけで、県の補助がきく道具というのは、日常生活用具というのはこういうものですよ、という説明書を渡されただけでそれを見ただけでは、なんのこっちゃさっぱりわからなくて。在宅をするにあたって、何をどうやっていったらいいだろうかという手順がまずわからなくて、一番にうかんだのが呼吸器のことだったから、呼吸器のことから始めたわけですが。やることがてんでバラバラでまとまらない。

  おかげさまで、たまたま大学の先生と知り合うことができまして、その先生が段取りしてくださったおかげで在宅が可能になったわけです。 呼吸器を付けた人間は、 病院で生活しなきゃいけないのだろうか。お家には帰れないだろうか。そうじゃないですよね。実際に生活をして4年目に入りました。同じような状況の方というのはたくさんいらっしゃると思います。呼吸器を付けている人、いない人に係わらず。 お家へ帰りたい、 だれかに相談をしたい、段取りをしてくれないだろうか。そういう助けてくれる方が、アドバイスしてくれる方がたくさんいらっしゃれば、もっとお家で楽しく生活できる方がたくさんいると思うんです。

  その窓口がどこにあるのかわからない。窓口がたくさんありすぎて、たらい回しに説明を聞きにいかなきゃならない状態でわからない。一つのところに聞けば、こういうことと、 こういうことと、 こういうことをしてくださいという段取りが、すぐにわかるような窓口があるといいなって、今つくづく思っています。

  家に帰ってからは、本当に、病院に入院していたほうがよかったな、と後悔するくらいたいへんな日が半年間続きました。入浴が一番たいへんでした。訪問看護サービスを受けながら、ヘルパーさんにも助けていただきながら、なおかつボランティアの方々にも、全員集めると総勢 20名ぐらいに係わっていただいていた時期もあります。いまだにずぅっと、ボランティアで係わってくださっている方々もいらっしゃいます。

  働き盛りの主人が倒れた以上、私が生計を立てていかないといけない状態になりました。私が外に出ていくためには、24時間まではいかなくても、せめて半分の 12時間ぐらいは主人を安心して任せられる体制を作らないと、お金を稼ぐことができないという大きな問題がでてきました。

  幸いうちは自営業でしたので、いろいろな意味で無理はできましたが、それでも、働かざるもの食うべからずではありませんが、何もしないで給料をもらうわけにはいきませんので、何とか私が出ていける体制を作るために、結局は職安に飛び込みまして、介護してください、 だれか助けてくださいという声をあげました。

  これもまた、たまたまいい人にめぐり合いまして、本当に安心して任せられる女性にめぐり合いましたが、月に 20万以上の出費がかさんで、働いたお金がそのまま出ていってしまう状態、貯めていく部分はまったくない状態、大きな問題がそこにまた出てきました。

  市のほうに何か補助はないだろうかということも聞きましたが、特別障害者手当てが月に 2万ほどあるだけということで何の足しにもならず、結局はがむしゃらに働いて、そういうところにお金を使いながらも、子供のためにもお金を使いながらも、経済的な不安がものすごく今かかってきています。この先どうなるかわかりませんけれども、今やっている商売、二人で立ち上げた商売を何とか成功させながら、私たちがやってきたことが何か一つ、形として残せたらいいなと思っております。なかなか不十分ではございましたが、ここらへんで。何か補足があれば。

古跡 いいえ、ありがとうございました。いつもお世話になっております。

松井 はい、どうもありがとうございました。 今日は、もうひと方、呼吸器を使用されている方がお見えです。北村さんとおっしゃいます。フロアーの前に移動されますので、ちょっとお時間がかかりますので後ほど北村さんにご発言をお願いいたします。




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